モルは言玉。言玉は、ほかの幻獣と比べて強い力も、すばやさも、深遠なる智慧も何一つもってはいないけれど、ただひとつ、ほかの種族に勝るものがあった。それが、『変身能力』。どんな種族でも一度見れば、・・・いやその特徴を聞くだけでもそっくりに化けられる。とはいってもそれはたくさん修行を積んだ言玉のことで。普通の言玉は大まかに似せられるだけ。けれど、その能力のおかげで彼らはほかの種族と諍いを起こすこともなく、平和に暮らしている。
そんな彼らは、今人間たちにとても人気がある。どんな姿にも似せられるということでメッセンジャーとして召喚されるようになっているのだ。それは恋人同士の逢瀬の手伝いだったり、子供を気遣う親の気持ちを代弁したり、時には平和をもたらすために使われたりした。
そこでもともと気のいい彼らは、より、役に立とうと学校を作り、若い言玉たちの変身能力の更なる向上を促すため、日夜がんばっている。モルは、その中の一人。どちらかといえばおちこぼれの、でも可能性を秘めた言玉だった。
言玉は学校で人間に教わる。いや、正確にはその人間を真似する。見た目を似せることなら、ある程度簡単だ。しかし、ちゃんと似せることはかなり高度な技術になる。でも、これができなければ召喚獣になることはできない。役に立つことが、できない。
それ以外にもいろんなことを学校で教わる。友達、という概念そのものが学校で教わったものだ。なぜなら彼らの暮らすところにはもはや彼らの種族の敵はいないので、会う人会う人みんな友達、という感覚で暮らしてきたからだ。友達、という言葉で他者をくくるようになったのは、だからつい最近のこと。
そして、学校が終わったら、彼らは思いっきり遊ぶ。お互いにまねをしたり、木苺を積んだり、ちょっとした冒険をしたり。そして、暗くなったら、それぞれ家に帰っていく。そうやって、言玉たちの一日は過ぎていく。いたって平和に。だが、昔はそうではなかった。
500年ほど昔。まだ幻獣界との接点があちこちにあったころ。魔法は今ほど発展しておらず、人は幻獣たちのよき隣人だった。幻獣たちも人を、信頼していた。
だが、そのうち人は幻獣の持つ力に目をつけ始めた。ユニコーン、ペガサス、あるいはフェニックスなど、気高く美しい彼らの力に。特に熱心だったのが機械帝国の王、バリーだ。彼は罪もない幻獣たちを次々捕らえ、その魔力を奪い、あるいは虚栄心を満たすための飾りにした。帝国は長じて魔法帝国となった。・・・幻獣たちの犠牲によって。
人は書物によって魔法をより発展させた。しかし、身に余る力というものは何かしらゆがみを生じさせる。魔法と機械を使い、彼らは楽しみのために幻獣を狩り始めた。そのとき、力の弱い言玉たちは真っ先に狙われた。繰り返される殺戮の日々。彼らは擬態能力を自在に使えるようになった。個体数は激減していた。
そんな醜い争いは300年前に伝説の大魔導士エトゥルナが幻獣界との接点を封印するまで、続いた。
凄惨な過去を知るものはもうどちらの世界にもいない。ただ、いつの間にか召喚術が考え出された。それは経験、よき心、何より幻獣と心を通わせることができなければ決して行えない。それは、過去にエトゥルナがかけた魔法でもあった。
そんなある日、とうとうモルにもその日がやってきた。13歳の誕生日、伝達の初仕事の日だ。普通13でひとり立ちする言玉としては少し遅いスタートだけれども、人間界にいけるのでモルはわくわくしていた。初めての仕事は、少年のメッセージをきちんと伝えること。
「じゃあ、頼んだよ、モル」
「わかったー」
テーブルによじ登り、帰ってくるのを待つ。おやつの時間のころだから、どこからかお菓子の匂いが漂ってくる。
「・・・はやくかえっておやつ・・・」
モルの頭はもうそれでいっぱいだ。そのとき、ガチャリとドアが開いた。
少年から聞いていたとおりの女の人が入ってきた。モルは飛び跳ねると、なにやらつぶやいてさきほどの少年になった。少し、小さめではあったが、それなりにうまく化けられたようだ。彼を見て女の人は顔色を変えた。家の中をばたばたと探し回り、求めるものが見つからないことを悟るとへなへなと座り込んでしまった。彼女にゆっくりと歩み寄ると、覚えた言葉を、
伝えた。
「ごめん、母さん。でも俺、絶対帰ってくるから。その時、いろいろ話すから・・・」
伝えたとたん、気が緩んだのかモルは言玉の姿にもどった。女の人はボソリとセイの馬鹿と呟くとモルに笑ってお礼を言った。そして焼き菓子を出してくれた。
モルはとてもうれしかった。もちろん焼き菓子がおいしかったこともあるけれど、あんなふうにお礼を言われたことが何より嬉しかった。嬉しい気持ちで体がうずうずしていた。両手の袋にはさっきもらった焼き菓子が詰まっている。それ以上に優しい気持ちがぎっしりと。世界中に叫びたいぐらいに、モルは今幸せだった。そんな彼を、太陽は今日も優しく照らしていた。