彼女にとって、歌うことというのはひどく自然なことだった。
昔から。
そう、物心ついたときから彼女はうたってきた。
雨の日も。風の日も。病んでいても。
両親が亡くなったときですら、彼女は歌うことをやめたことはなかった。
いや、歌をやめるということすら思いつかなかった。
それだけ、彼女と歌とは密接なつながりがあったとも言える。
そう、それは過去の話。
彼女は何故だか歌えなくなってしまった。
歌いたくなくなったわけではない。
それなのに、歌おうと考えるだけで何故だか胸が苦しくなり、
時には嘔吐してしまう。
歌いたいのに、歌えない。
それは彼女にとってひどく苦痛だった。
原因となるようなことも思いつかない。
いままで、どれだけ歌っても喉をつぶしたこともない。
だから、歌わない日々は二十年生きてきた中で初めてだった。
歌えない彼女には何もすることがない。
だから彼女は何もせずに日がな一日景色を眺めて暮らす。
そうするとますます歌えなくなって、
歌について考えるだけでも吐き気がするようになった。
このまま歌えないのなら死んでもいい、
外が雨の日にはそんなことを思う。
外に風が吹き荒れている日には実際に手首を切ったこともある。
それでも彼女は死に切れず。死ねない自分を心底嫌悪して。
歌えなくなってから三月がたったころ、
遠くに出稼ぎに行っていた幼馴染が帰ってきた。
幼馴染が帰ってきたその日に、彼女は再び歌うことが出来た。
しかしそれは、最期の歌だった。
彼女はその歌を歌い終わると死んでしまった。
死ぬ間際に、彼女はようやく理解した。
彼女にとって、歌は全てだった。
ただ、それは聞いてくれる人がいればこそのもので。
そして、後に分かったことだけれど、彼女にとって
歌は本当に命だった。
歌うことで生命を維持する種族の人間だったのだ。
彼女が最期のときに歌った唄は今でもその村に伝わっているらしい。