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夜が明ければ

なんとなく、そう、その言葉がいちばんしっくりすると思われる。昨日、新藤要という、若干直情型のしかし、それ以外にはこれといって特徴のない少女は。

『世界征服を決意した』

きっかけらしききっかけといえば、思い当たるのは唯一つ、歌である。昨日という日は、雨だったので彼女は日がな一日家にいて、テープやらMDやらCDやらを手当たりしだいかけ、手持ちの本、漫画から辞書にいたるまで何とはなしに眺めていた。つまりは、至極怠惰な一日を過ごしていた。その手当たりしだいに聞いていたテープに、その歌は入っていた。
小さなころに見ていた(と思われる)アニメなどの番組の曲を集めたテープ。一緒に歌えるほど鮮明な記憶は残っていないが、それでも聞いたことあるなあ、という感じがして何とはなしに普段は聞かないそういったテープを発掘して、流していた。その中に、件の曲があった。
何に使われていた曲なのか、誰の曲なのか、それは分からない。イントロを聞いて、ああ、聞き覚えあるなあなどと、他の曲と同じように聞き流そうとした。歌が聞こえてきて、彼女は衝撃を覚えた。
聞き間違いかと思って巻き戻し、もう一度。最後まで聞いてはもう一度。それを繰り返すうちにその曲の歌詞は彼女の中に浸透していって、デン!といすわった。
彼女は、もともと思い込みは激しいタイプである。しかし、そうであるがゆえに今までは外界の影響はほとんど受けずに自分の道をひたすらに突き進んでいた。とはいっても別に夢に向かって突き進むということではなく、生きるために生きていた。だから、周りからの影響といったものに対して人よりも若干免疫がなかったことは事実だ。であるからこそ、彼女は猛然と決意した。
「世界征服をしよう」
征服欲が強かったり、自己顕示欲が強かったり、そういうわけではない。ただ、世界制覇こそ私の野望だと、進むべき道なのだと、彼女がそう信じたことにこそ意味があるのではないだろうか。

そしてその日からどのようにして世界征服をすべきか、どうすればなしうるのかということに対する彼女なりのリサーチと考察が始まった。いままで、世界制覇されたということは、記録に残ってはいない。せいぜい一地域の制覇とか、その程度のことである。それでも何かの参考にはなるだろうと彼女は歴史書を片っ端から読み漁った。もともと好きなことに対しては並み以上の能力を発揮する質なので彼女は瞬く間にいっぱしの歴史評論家もどきになった。付随して、歴史の成績が学年一位になったりして、いままで歴史だけは誰にも負けなかったという斉藤さんから恨まれ密かにライバル視されたりもしたが、それはこの話にはかなり関係のない話である。
「どうしたの、かなめ。最近えらく本よんでるじゃん」
「進路決めたの?」
いい忘れたが、彼女は現在高校三年生。夏休みも終わりもうこの先は受験へまっしぐら…な、そんな立場にいる。
「進路? ああ、大学かあ」
もちろんそのことを忘れていたのではないが、彼女の頭は今それどころではない。
「結局かなめっちも大学受けるん?」
「んーと」
ここで彼女はしばし逡巡した。世界征服をするためには人脈が大事だということは分かりきっている。そして、彼女にとってこの二人は信頼の置ける友人でもあり、かつ個々の能力に対して少なからず尊敬していたりもする。ただ、問題は世界征服というある意味荒唐無稽な御伽噺にも等しい野望にたいして、この二人からはかばかしい反応が得られるかどうか、ということである。一人は、もともとギャンブラー気質が見え隠れしているので、面白そうだとのってくれる可能性が高い(それが冗談にせよ)。ギャンブラー能力といおうか、彼女の先見性は後々大きな武器になってくれるだろう。
しかし、手始めに人脈から固めたい彼女にとって、より欲しいのはもう一人なのだ。コミュニケーション能力に長け、話術が巧みな彼女は出来れば必ず仲間に引き入れておきたいところである。
「大学か…二人はどうする?」
彼女は質問の矛先を二人に向けてみた。それによって誘うべきか否かを決めようと思ったのだ。
「んー、あたしは…たぶんこのまま上に進むんじゃない? もともとそのつもりでここ選んだし。一応いろんなところ調べたけどさ、最終的には日本出るつもりだから、それならここかなあって」
「ああ、そういえばそんなこといってたっけ」
「日本でもいいといえばいいんだけどさ」
「すごいねー。ちゃんと考えてるんだー」
「何を他人事みたいに」
「私も、選べればよかったんだけど…」
「? え、何、なんか意味深」
「…なんか、あったの?」
「…笑わない?」
不安げに友人が顔を覗き込んでくるが、普段彼女はそんなことをしない人なので妙に不安になる。
「…なにが、あったの?」
しばしの沈黙の後に友人が口に出したのはあまりにも意外な言葉で。しかしそれは、最近の彼女にとってはとても、耳慣れた言葉で。だから、彼女は一分ほど。思考することを放棄した。その間にもう一人の友人は驚きから立ち直ったらしく友人に聞き返していた。小さな声で、そっと言ったその言葉は先ほどと寸分も違わずに。
「世界征服。しなくちゃいけないらしいの、私」

一瞬、自分の妄想(野望)のせいで聞き違えたのだとばかり彼女は思ったのだが、二度とも同じことを言ったのだから、どうやら冗談ではなさそうだ。もう一人の、アキとと言うギャンブラー気質の友人が遼を質問攻めにしている。曰く、
「私の家が古くから続いてる…って話したっけ? なんかね、どうも私が世界征服に乗り出さなきゃいけないってこと、生まれたときから決められてたらしいの」
「決められてた? どういうこと?」
「これ」
そういって彼女が示すのは、首筋の赤いあざ。一時期はキスマークなんじゃないかと訝ったこともあったがいつ見てもついているのでどうやら違うらしいとがっかり(?)したことを覚えている。
「当主に代々伝わる歴史書でね、首筋にしるしを持つ者がいずれ我らの無念を云々って…律儀に守ろうとするほうもするほうよね、こんな話」
「遼は…どうするの?」
要の反応はどうやら遼の思っていた反応とは少しずれていたらしく。
「どう…って」
「世界征服。したい?」
「うーーーーーん」
考えたこともなかったと言わんばかりの様子で彼女は頭を抱え込む。アキはどう? と首を傾げると彼女は五秒ほど考えて、悪戯っぽく微笑んだ。
「興味はある…かな。だって、世界が私のものになるんだよ? それ以上の贅沢ってないじゃん」
「…世界征服じゃなくて、世界統一なら、してみたい気がする…」
二分ほど考えて遼はそう呟く。やっぱり遼ならそう答えるよね、二人はそう思い、頷く。要はさらに詳しいことを聞こうとしたのだが、その時チャイムが鳴ってしまったので、話は中断され、そして、そのあともなかなか切り出せないまま。ある日いきなり、遼は転校していった。急に親の転勤が決まったらしく、まさに青天の霹靂。連絡先さえ知らないので、どうすることもできずに。高校を卒業して、大学の史学科に進んで。社会人になる頃には昔、世界征服を目論みかけた事などすっかり記憶の中から消え去っていて。

そして彼女が結婚して、子供を授かった頃。いきなり、国家という概念が消え去った。しかも、ごく平和的に。何の諍いも起きずに。ほとんどの人と同じように、彼女はそのことをニュースで知って。国があってもなくても、彼女にとってそれはあまり重要なことではなかったのでああ、そうなんだ、それくらいしか思わなかった。その時、ようやく、昔世界征服を考えたことがあったなと、思い出して。
「世界征服かあ…。そういえば遼とか、元気かなあ…」
急に転校していった彼女とは、あれから一度も会っていない。ひどく懐かしくなって、あの頃の友人に電話でもしようと、そう思ったとき。彼女は自分の目を疑った。そこにいたのは。
「…ああ、そっか…」
そういえば、彼女は言っていたっけ。『世界統一ならしてみたい』と。
現実とは思えない、世界統一、しかも、それを成し遂げたのは、遼だった。あのときの言葉どおりに、世界を、統一してしまった。
あまりの出来事にしばし要はテレビの画面を見つめていた。そしておもむろに立ち上がると、アキに、あの頃の友人に電話をかけるためにその部屋を出て行った。
何故か、うきうきとして。